こんにちは!

雅子さまへの批判が実は年々増えているのをご存知でしょうか?

雅子様への批判はなぜなのか、原因は愛子様ファーストで公務しないことのでしょうか。

今回は雅子様への批判について調べてみました。

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雅子さまについて

名前:皇太子徳仁親王妃雅子(こうたいし なるひとしんのう まさこ)

旧姓:小和田 雅子

生年月日:1963年12月9日

身位:皇太子妃・親王妃

出身:東京都港区

経歴:
ハーバード大学経済学  数理経済学 卒業

1986年 東京大学法学部 3年 外部学士入学。

10月 外務公務員教員採用Ⅰ種試験に合格、外務省へ入省

※女性初のキャリア官僚スーパールーキーと話題になる

1987年 東京大学 中退して外務省に入省

1988年 外務省の留学先としてオックスフォード大学ベリオール・カレッジに留学。

外務省では約5年10ヵ月間務められました。

皇太子様とのご結婚:

出会いは1986年 来日したスペインのエレナ女王の歓迎レセプションに出席した際に徳仁親王に出会いました。

1992年12月12日

皇太子様からプロポーズを承諾されました。

1993年1月19日に皇室会議でご結婚が内定。

6月9日に『結婚の儀』が行われています。

愛子様のご出産:

1度流産を経験された雅子さまですが、

2001年12月1日に愛子様がお生まれになりました。

結婚されて、8年目でした。

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雅子様の批判はなぜ?

雅子さまは愛子様をご出産されてから、

2004年に『適応障害』であることが公表されていました。

症状としては、

ストレスによる情緒面や行動面にでる症状です。社会的機能が著しく障害されている状態です。

怒りや焦り、不安などの症状があり、強いストレスは身体への不調も現れます。

動悸や多汗、めまいなどです。

その時から適応障害の治療が続いていますので、公務を全て行うことはできなくなっていきました。

原因は皇太子様が発した発言でも少し分かります。

皇太子様は、雅子様が公務出来ない状況のときに、

『人格を否定する動きが皇室の中で起きていたこと事実であります』とおっしゃっています。

外国訪問がなかなか許さないので、その件にも大変残念がっていたそうです。

なかなか雅子さまの思い通りの生活は送られなかったことが、このことでわかったのですが、

私から見る雅子さまは、一人の女性なのですが皇太子妃という立場に馴染めずにいたのだと思います。

愛子様がお生まれになる前から適応障害だったのかもしれせん。

それはやはり、お世継ぎを生むプレッシャーですよね。

『男の子を産まなければいけない』

『早く子供も産まなければいけない』

そういった悩みは長年あったんだと思います。

精神的な病気で公務ができないことにも批判が飛び交うこともあります。

 公務をできないことになぜここまで批判があるのかというのが疑問だと思いますが、

さらに深堀りしてみると、

 一つは現在天皇陛下の美智子様との比較もされていました。

雅子さまは、他の皇室の妃に比べるとやはり公務をされていないこと、病気でしょうがないとはいえど、批判する人は少なくありません。

原因は愛子様ファーストで公務しない?

次世代の到来にむけて、雅子さまへの期待が膨らんでいますが、

皇太子さまに『お一人公務』を雅子さまが託されたことに批判が飛んでいました。

ちょうど愛子様の学校で文化祭があったのですが、雅子さまは愛子様のことを優先されていて公務をされていないのだということで批判が集まっていたんです。

土日開催された文化祭には、2日ともに雅子さまも足を運ばれています。

これが愛子様ファーストといわれるわけなんです。

個人的な意見ですが…

ご公務も大事ですが、

今の共働きが多い世の中、職業によっては子供の行事に参加できないご家庭もたくさんあるわけです。

皇室だからとか、そういうのは関係なく雅子さまが愛子様ファーストをして何がいけないのかな?といった疑問もあります。

雅子さまと美智子さまの公務を比べるのではなく、雅子さまらしく生きる中で大切なものを大切にしながら公務に当たる方が、とても理想の家族でもあると思います。

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