こんにちは!

24年間もの間、拉致され続けていた蓮池薫さん。

蓮池薫さんは今もなお拉致被害者の救出に向けて、活動を行っています。

日本に帰国してからは、15年という年月が経ちました。

今回は蓮池薫が当時大学時代から付き合っていた彼女(ゆきこ)さんと結婚後に、北朝鮮で子供が二人できました。

そして、今噂によると、蓮池薫の嫁ゆきこさんと離婚しているそうです。理由や原因も様々な憶測が飛び交っています。また、現在嫁のゆきこは何をしているのでしょうか。

なかなか嫁のゆきこさんの様子はメディアではでてきませんので、調べてみました。

スポンサードリンク

蓮池薫について

名前;蓮池薫

生年月日;1957年9月29日

出身;新潟県柏崎市出身

学歴;新潟県立柏崎高等学校 卒業

   中央大学 法学部卒業

   新潟退大学大学院修了、文学修士。

現在;新潟産業大学経済学部 准教授

※新潮ドキュメント賞受賞。日本の翻訳家

拉致されていた期間

1978年~2002年の24年間

拉致された当時

1978年7月31日に大学の夏休みで新潟の実家に帰省中、当時交際中の奥土祐木子とともに、新潟の柏崎市海岸で北朝鮮工作員に拉致された。

その後、二人は北朝鮮で結婚して長女と長男が生まれました。

※実は当時自殺していたとされていた横田めぐみとも1994年まで同じ集落で共に暮らしていたといいます。

帰国後;

2002年に帰国して、2005年から学校法人柏専学院委託職員となって、新潟産業大学で韓国語の教育に従事しながら翻訳家としての仕事をこなしていた。

2005年に、初訳書『孤将』を刊行。

スポンサードリンク

蓮池薫が離婚した理由はバッチが原因?

蓮池薫と当時交際していた奥土祐木子が結婚したのは、北朝鮮に拉致されていた時です。

蓮池薫さんは、法学部に通っており、将来弁護士になる夢がありました。

朝鮮名をもつ蓮池薫さん。

朝鮮名は『パク・スンチョル』。

結婚は1980年5月15日。平壌市内ランナン区域に住んでいました。

当時長男は、パク・ギヒョク。電子計算機単科大学の学生でした。

また、長女は、1981年12月8日生まれ。36歳(2017年時点)くらいでしょう。

そして、2002年に元首相の小泉純一郎来訪によって、拉致被害者が解放されています。

蓮池薫さんと嫁のゆきこさんは共に日本に帰国していますが、その後の嫁のゆきこさんの動きはネット上ではでてきませんた。

『離婚』『理由』『バッチ』とでてくるのですが、離婚に関しては、お兄さんのことと情報が混ざっているようでした。

お兄さんの離婚理由はどうも当時拉致被害者家族の会で熱心に活動しすぎて、家族のことがおろそかになったことが原因だそうです。

『バッチ』というワードは、

蓮池薫さんが、当時北朝鮮で拉致されていた時に、

『バッチ(指導者)を胸につけて、正月には忠誠の誓いを述べる。拉致された上に、彼らに強制的に従わされ、教育される。これは屈辱的でつらかった』と話していました。

バッチは北朝鮮の象徴てきなものでしょう。

このバッジをつける辛さが離婚原因となることはないはずです。

学生時代からの一番辛い時もいっそによりそってきた2人なんです。

私は彼らが今も、離婚せずに強いきずなで結ばれていることと考えています。

蓮池薫

こちらもご参考にどうぞ!

横田めぐみの現在【2017】真実や生存の可能性!金正恩の実母なの?

横田めぐみは皇族?金正日と夫婦なら金正恩と親子?拉致問題の真実

横田めぐみの双子の弟の職業は?【学歴】東京大学卒業後は医師に?

蓮池薫の現在2017子供は早稲田大に?帰国後ゆきこと離婚?【画像】

蓮池薫【兄】透の現在!正体は北朝鮮のスパイ?離婚して子供はどこに?

嫁ゆきこは現在何しているの?

嫁のゆきこさん、

名前は奥土祐木子。

蓮池薫さんと帰国後、どんな暮らしをしていたかといいますと、

2人とも、当初は新潟県柏崎市役所に臨時職員として勤務。

その後、蓮池薫さんは2004年に翻訳家に転身。これまで、20冊以上の本を手掛けてきました。

また、2人は、政府からの支援金で暮らしていたのですが、すっとこの給付金に対して負い目があり、2004年に支援金の援助を辞退することにします。

その後です、蓮池薫が中央大学に復学しました。

現在、嫁のゆきこさんも共に家計を支えているのではないでしょうか。

臨時職員になったあとの情報は調べていて出てきません。

また、

長女は、東京で就職。長男も東京の大学に進学して、それぞれが思う道を歩き始めています。

スポンサードリンク